高松地方裁判所 平成2年(行ウ)1号 判決 1990年11月29日
香川県善通寺市与北町979番地1
原告
永森功
右訴訟代理人弁護士
臼井満
同
高村文敏
香川県丸亀市大手町2丁目1番23号
被告
丸亀税務署長 濱喜久夫
右指定代理人
吉田幸久
同
山本孝男
同
大塚明俊
同
横濱輝生
同
宮武輝夫
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が平成元年10月27日付けでなした原告の昭和61年分,同62年分,同63年分の各所得税の異議申立てに対する決定処分は,いずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は,昭和61年分から同63年分の所得につき,右のとおり,確定申告を行った。
(一) 昭和62年3月13日
昭和61年分
所得金額 2,500,000円
(二) 昭和63年3月11日
昭和62年分
所得金額 2,500,000円
(三) 平成元年3月9日
昭和63年分
所得金額 2,600,000円
2 被告は,平成元年6月16日,原告に対し,次のとおり,更正処分及び過少申告加算税賦課処分(以下,あわせて「原処分」という。)を行った。
(一) 昭和61年分
所得金額 9,348,650円
過少申告加算税 130,000円
(二) 昭和62年分
所得金額 11,230,356円
過少申告加算税 276,500円
(三) 昭和63年分
所得金額 11,913,419円
過少申告加算税 300,500円
3 原告は,平成元年8月2日,被告に対し,原処分につき異議申立てを行った。
4 被告は,平成元年10月27日付けで,本件異議申立てを棄却する決定(以下「本件各異議決定」という。)を行った。
5 本件各異議決定は,次の点で違法である。
(一) 本件各異議決定は,原告に原処分の根拠や原処分でなされた計算に使用された証拠資料及び計算の根拠を示さず,したがって,原告がそれに対して反論する機会を与えずになされている(以下,この点を「違法事由(一)」という。)
(二) 本件各異議決定は,原処分に使用したのとは別の資料によって原処分を上回る所得金額を認定できるとの理由で異議を棄却しているようであるが,異議申立手続は原処分の適不適を審理する手続なのであるから,原処分で使用された計算根拠や資料を検討してその適否を示すべきであり,本件各異議決定には理由不備の違法がある(以下,この点を「違法理由(二)」という。)。
6 よって,本件各異議決定の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は,昭和62年分及び同63年分の確定申告の日を除いて認める。確定申告の日は,昭和62年分は昭和63年3月15日,昭和63年分は平成元年3月14日である。
2 同2ないし4の事実は認める。
3 同5(一)(違法事由(一))のうち,原告に対し原処分における推計の資料とされた証拠方法を示さなかったことは認め,違法であるとの主張は争う。
(二) 同(二)(違法事由(二))のうち,被告が本件各異議決定に当たり推計計算した原告の総所得金額が原処分におけるそれを上回ったこと,原処分で使用された計算根拠や資料の適否自体を本件各異議決定で示していないことは認め,違法であるとの主張は争う。
三 被告の主張
1 原告の主張する違法事由(一)について
原告の主張は,国税通則法84条1項が異議申立人に対して口頭で意見を述べる機会を保障している点に関して,原処分庁が異議申立人に対して,まず「原処分の根拠や原処分でなされた計算に使用された証拠資料及び計算の根拠」を示さなければ,異議申立人に対して意見を述べる機会を与えたことにはならないという見解を前提とするものと解される。
しかし,同条項は,「異議審理庁は,異議申立人から申立てがあったときは,異議申立人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならない。」と規定しているのみであり,事前に「原処分の根拠や原処分でなされた計算に使用された証拠資料及び計算の根拠」を開示することは,法文上要求されていない。
また,実質的に見ても,一般に,異議申立人の総所得金額がどれくらいあるかは異議申立人が一番よく知っている筈であるし,それに対する所得税額がいくらになるべきであるかについても税法に基づき自ら計算し得るのであるから,事前に「原処分の根拠や原処分でなされた計算に使用された証拠資料及び計算の根拠」が開示されなくとも,異議申立人が口頭で意見を述べる機会を害されたことにはならない。
2 原告の主張する違法事由(二)について
原告の主張は,異議決定書においては,必ず更正処分自体の理由を明示すべきであるとの見解を前提とするものである。しかし,国税通則法84条4項,5項が異議決定に附記を要求している理由は,「決定の理由」ないし「その維持される処分を正当とする理由」であり,更正処分そのものの理由ではない。
また,原告は,原処分に使用したのとは別の資料によって原処分を上回る所得金額を認定できるとの理由で異議を棄却することは許されないとの見解に立つものであるが,異議申立手続における審理の対象は,原処分によって確定された税額の適否であって(総額主義),その理由の適否ではない。したがって,本件異議申立手続において改めて原告の所得総額を推計した結果,更正処分における所得総額を上回ったとして更正処分を是認することは何ら違法ではない。
第三証拠
証拠関係は本件記録中の書証目録記載のとおりであるから,これを引用する。
理由
一 請求原因1ないし4の事実(昭和62年分及び同63年分の確定申告の日を除く)は当事者間に争いがない。
二 そこで,本件各異議決定の違法事由の存否について検討する。
1 原告主張の違法事由(一)に関して,被告が原告に対し原処分における推計の資料とされた証拠方法を示さなかった事実は当事者間に争いがない。
ところで,一般に,更正決定で,税務署長が租税債務を確定するには,処分理由が存しなければならないが,この原処分の理由の有無を異議手続で審理する際には,税務署長が原処分時に現実に認定した理由の有無ではなく,原処分時に客観的に存した理由の有無を問題とすれば足りるものと解すべきである。けだし,原処分がいかなる理由で税額を認定したかはともかく,結論としての数額が,原処分時に客観的に存在した税額を上回らなければ,異議決定において原処分を維持して差し支えないものと解するのが相当であるからである。したがって,異議決定では,更正処分後に収集されたものをも加えた資料によって,その更正で決定された租税債務額を維持することができるというべきである。そして,本件異議手続における原処分の理由の有無の審理は,原処分後に収集されたものも加えた資料によって行われたことが,成立に争いがない乙6ないし8号証(異議決定書の理由の説示)に徹して明らかであり,右審理の態様からすると,本件異議の審理過程で,被告が原告に対し,原処分の根拠や原処分でなされた計算に使用された証拠資料及び計算の根拠を示さなかったため,これらが開示されれば,原告においてできたであろう反論の機会が,結果的に与えられなかったからといって,被告の右処置に違法はない。
2 原告主張の違法事由(二)に関して,本件異議決定の理由中で,原告の総所得金額が原処分で決定された金額を上回ったと判断され,また原処分で使用された計算根拠や資料の適否自体を示していないことは当事者間に争いがない。
そして,前記態様の審理に基づき下された異議決定の理由の内容及び程度としては,国税通則法84条5項の「維持される処分を正当とする理由が明らかにされていなければならない」との規定の趣旨からして,異議審理庁が原処分を正当と判断する理由を明示していることにより,原処分時に客観的に存在した理由が明らかにされていれば足りると解するのが相当である。これを本件に則してみると,前掲乙6ないし8号証に,成立に争いがない乙4,5号証を総合すると,被告は,本件各異議決定において,推計課税の必要性,推計の基礎(所得税法156条),推計の方法及び所得金額の算出過程を順次摘記し,被告の結論に到達した過程を具体的に明らかにしているものと認められる。したがって,これらの理由中で,原処分において使用された計算根拠や資料とそうでないものとの区別が示されてなく,また右計算根拠や資料の適否につき直接言及していないからといって,本件各異議決定に理由不備の違法はない。
3 他に,本件各異議決定に,これを取り消すべき違法があるとは認められない。
三 よって,原告の本訴請求は,いずれも理由がないから棄却することとし訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 滝口功 裁判官 石井忠雄 裁判官 青木亮)